英語の授業作り。むずくね?

先ほど、カフェオレ(砂糖多め)とチョコケーキを食べながら授業準備をしていました。学校で時間に追われていない授業づくりの時間は割と好きです。プランニングにこだわれるからです。

しかしプランニングを考え出すと思考の渦から抜け出せなくなり、50分の授業について5時間かかることもあります。授業日までに終わらない気さえしてきます。

思考の渦に私を引き込んでしまう正体はズバリ

「英語授業の目的は何か?」という問いです。

大学入試が筆記試験である読解問題、文法問題である以上そこをカバーせずに英会話力に注力しても、生徒の進路は実現しません。しかし今後は話す、聴く力が求められていくのは避けられないのも事実ですよね。

それならば全部満たせるような授業をすればいいのでは? でも50分の中で両方を叶えるのは厳しい気もしてくる。週に2~4回授業があるから、その1週間のなかで満たせればいいかも。いや、そもそも「会話力」を育てに行くなら授業の中だけで仕上げるのは無理な話じゃないだろうか。話せるようになってもらうにはスポーツと一緒で毎日やってもらわないといけない。じゃあ50分授業のプランニングの中で注力すべきなのは入試対応力や会話力の育成ではなく、授業外でも勉強をしてもらえるようなモチベーションの底上げ作業なのではないか。モチベーションアップ作業が勝手に入試対策にも実践的な会話力の育成にもつながっていけたらめっちゃよくないか?

考えれば考えるほど、考えることが増えていきますね。いい意味で終わりがないのは楽しいですが、いろいろと間に合わない。でもちょっとずつ、自分なりにやりたい英語授業の形が見えてきている気がします。

「英語授業の目的は何か?」に対する答えを考える中で、なんで自分は英語を勉強しようと思ったのかを考え直すこともあります。今も考え中ですが、現在落ち着いている見解としては「英語を話せている自分を想像すると、かっこよく感じられてうれしい」ぐらいのもんでした。試験で高い点数をとれた時よりも、ALTとの日常会話の後に「あれ、今さっき夫婦問題の相談にのったり、漫才のオチの話をしたけど、結構深い話ができてたよな」と気付いた時の方がとてもうれしく感じていましたね。自己実現感と自己有用感に浸っている感じ。

自分の経験だけで考えた物差しだけで考えるなら英語の授業を通して、人々には「自分ってすげえ」って思ってもらいたいですね。しかし、今のやり方では「自分ってすげえ」って感じてくれたとしても、大学に受かるほどの技量の獲得には届いていなさそう、、、、、

でも、モチベを上げられたなら、授業外でも勉強してくれるかな。。。

いや、そんな授業のプランニングでえんやろか、、、、、?

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